事実上解雇の通告を受けた日 0day
最初にやったこと
途方に暮れて、東京の街中をさまよった。
昼間から公園で泣いてた → 隣に観光の外人が来たので居づらくて移動
信頼できる友達にLINEしまくった。本当にみんなびっくりさせてごめんなさい。
とりあえずここから離れよう。
電車に乗って移動。
今日たまたまお休みだった友達が会いに来てくれた。
カフェバーで靴を脱ぎ横になり脱力しながら泣きながら話をしてしまった。
ありがとうね、こんなろくでもないわたしのろくでもない話を時間ないのに聞いてくれて。
こんな時に、p2さんは悪くないですよって、優しく言ってくれる友達がいてくれて、わたしは何て幸せ者なんだろう。
かんじたこと
晴れた空を見上げても、美しく感じないし全然気分がよくない。
先のことを考えると、ご飯が美味しくないし喉を通らない。
胃が痛くて、立ってられない。
駅のホームでもどこでもすぐしゃがみこんでしまう。
2年くらいたって最近やっと社会保険がついた。扶養いれてあげるよ、なんて親に話していたのに。なんて言おうかな。
娘になんて言おうか、今はまだ何も言えない。
メンタル強い方だけどさすがにこたえる。
多分メンタル弱かったら今回のことはその場で自殺とかありえるレベルの衝撃かなとおもってる。
会社について考える
書類なにもないんだけど、どうしよ。
今までやってた仕事はどうすればいいんだろう。
わたし、1人だけ、そこまでいけないことをしたのかな。
仕事で絡んでいた人やお客さんには、わたしのことはなんていうんだろう。
妊娠とか再婚で退職しますとか嘘っぱちの理由つけてでもいいから、みんなに挨拶だけでもさせてほしいな。
そもそも挨拶も仕事もさせてもらえないほどの行いをわたしがしてしまったのかな。
つまりは懲戒ということなのだろうか。
もう今日からわたし、出社もできない。
今やってる仕事も途中なのに、引き継ぎもままならない。
このままこの仕事やっていいのかな。
出来れば引き続きこの仕事だけはやりたいのだが、社内の人と連絡を取ることができない。
オーナーはなにやってるかよくわからないけどって言ってたもんな。
つまりオーナーにはもともと何やってるかよくわからない人って思われていたのかな。
わたしだけはあだ名で呼ばれず、常に苗字にさんづけだったもんな。
会社自体はKさんのおかげですごくうまくいっていた。経営者としては技術者のわたしはお金も生まない、Kさんをたまにキレさせるわたしは激しく問題児だったのだろう。いや、言い訳するとKさんが一方的にキレ出すから不可避なんだけど・・・。
帳簿もつけてたんだけど、これまじでどうすればいいんだろう。
Kさんについて考える
渡している合鍵はどうすればいいんだろう。
こっちには服があるんだけど、どうしようか。
思えばケンカした時やわたしの態度が悪い時、ちゃんと話したくても怒ってしまい、いつもほとぼりが冷めるまで仕事の話さえも連絡取れなかった。
だから他の社員のひとに電話かけたりして連絡取ってもらっていたっけ。
=わたし公私混同なのかな。
無茶振りされても口答え禁止。
わからないところは自分でやれって言われていたな。
基本は聞くなってよく言われていた。
少しでもミスすると、何でこんな簡単なこともできないんだって怒られてた。
何一つちゃんとできないってみんなの前でおこられていた。
足りない情報を聞き出すだけでも常にびくびくしていた。
むしろ忙しい時や機嫌悪い時はちょっと声かけただけで怒られていた。
休みの日はよく電話きたっけ。特に月末の金欠時。
前の日までラブラブだったじゃん。でも突然キレるんだよな。
わたしの車でドライブしたな。
うちで一緒にごはん食べたな。
基本的に大事にされてないけど、たまに見せるアメ。
もう顔もみたくないってことなのかもしれないな。
わたしはそれでもKさんの顔がみたいって時々おもってしまう。
じぶんについて考える
オーナーが言う通りKさんに甘えていたな。
オーナーが言う通りKさんに依存してたな。
完全に洗脳されていたの。
そして洗脳されてること自体も自分でわかっていたの。
だけど怖くて自分を出せずにいたの。
でもその状態が最近すごく嫌だったの。
仕事と恋愛の二重の鎖によってガチガチに縛られていたわたし。
苦しかった。
これでいいんだ。
手放すのが怖かった。
こうやって手放すべき時がいつか来るって思ってた。
ぐじぐじ考えを巡らせてしまう、いろんな未練がまだあるのである。
そしてネカフェに篭り、携帯の充電をしながらいきたいスクールを探してた。
まだわたしの社内アドレスは使えたようだ。
仕事のことだけKさんにメールで連絡したけど、それについて返信はこなかった。